小平牧生– Author –
-
牧師室から
十字架のもとで
「イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て言った。『この方は本当に神の子であった。』」マルコ15:39 「この方は神の子である」とは信仰告白の言葉。彼はイエスキリストの何を見てこのように言うことができたの... -
牧師室から
降りない、ということ
「十字架から降りて来て、自分を救ってみろ。」マルコ15:30 イエスキリストが神である証拠は何か。ここでイエスが十字架から降りてみせたら、人々は「ああ、確かに彼は神だ」と言うのか。しかし、もうそのようなしるしや奇跡ではないのだ。私たちはそうい... -
牧師室から
バラバは私
「それで、ピラトは群衆を満足させようと思い、バラバを釈放し、イエスはむちで打ってから、十字架につけるために引き渡した。」15:15 死刑が決定していた男が、イエスキリストという存在のゆえに赦された。イエスの死によって、自分が死から解放されると... -
牧師室から
内なる覚悟の違い
大祭司の召使いの女の一人が…彼をじっと見つめて言った。「あなたも、ナザレ人イエスと一緒にいましたね。」66- イエスキリストに対する大祭司の「おまえは、ほむべき方の子キリストなのか」との問い。そして、ペテロに対する召使いの「イエスと一緒にいま... -
牧師室から
What the pastors!
パーソナリティは、大嶋くんと豊田くんです。毎回、私たちの信仰や教会のいろんなことを、リスナーの方々の投稿を受けて話しています。よろしければぜひどうぞ。 https://www.pba-net.com/web/wtp/ -
牧師室から
全員で…決めた
「…すると彼らは全員で、イエスは死に値すると決めた。」マルコ14:64 正しい証言を求めているようではあっても、彼らは自分たちの正当性を示すために形式的な要求を満たそうとしているだけ。そして「全員で…決めた」と。 -
牧師室から
私は裸で逃げた
「ある青年が、からだに亜麻布を一枚まとっただけでイエスについて行ったところ、人々が彼を捕らえようとした。すると、彼は亜麻布を脱ぎ捨てて、裸で逃げた。」マルコ14:51- 「ある青年」。それは自分のこと。マルコは、イエスを売ったユダとイエスを知ら... -
牧師室から
最善への確信
「あなたは何でもおできになります。…しかし、わたしの望むことではなく、あなたがお望みになることが行われますように。」マルコ14:36 「神は何でもできる」。「神のみこころが行われるように」。私たちの信仰にはこの二つの確信が大切。 -
牧師室から
自分の手で取ること
「取りなさい。これはわたしのからだです。」マルコ14:22 イエスキリストを「取って」食べる。イエスキリストの救いをいただくということは、私たちの知識の理解を超えること。自分で「取って」食べた人だけがわかる恵み。「取って、食べよ」と言われる。
