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「しもべの心と生き方を」

2026 3/09
メッセージを読む
2026年3月9日

3月8日メッセージ
小平牧生牧師
「しもべの心と生き方を」
マタイの福音書20章17~28節

 教会について、ともに学んでいます。聖書は、教会を単なる建物や組織ではなく、キリストの血によって贖われた「神の家族」であると教えています。私たちの人生は、自分の計画どおりに進まないことが多いものです。順調なときはむしろ少なく、前が見えずに悩む時間が長く続くこともあります。また、思いがけない出来事や悲しい出来事に打ちひしがれ、立ち止まってしまうこともあります。人生の目的を見失い、何のために生きているのかわからなくなってしまうこともあるでしょう。しかし、そのような歩みの中にあっても、神は私たちのすべての歩みを通して、私たちの人生を形づくってくださっています。その歩みを「神の家族」として共有するのが教会なのです。家族とは、「自分に家族が必要だ」と感じる人にだけ必要なものではなく、私たちが生まれるときから神によって備えられている大切な交わりです。幼子が家族の愛の中で育つように、私たちも教会の交わりの中で、神の子どもとしての価値観を学んでいきます。そして、その学びの中心にあるのは、主イエス・キリストに見られる「しもべとしての心と生き方」です。

目次

① 新しい生き方として

 今朝の聖書箇所は、イエスがエルサレムへ向かう途中で、十二弟子だけを呼び寄せ、道々で語られた場面です。すなわち、イエス・キリストが祭司長や律法学者たちに引き渡され、死刑に定められ、むち打たれ、そして十字架につけられるという、これから起こる受難を予告された場面です。福音書には、イエスが群衆に向かって語られた場面も多く記されていますが、この時は特に十二弟子に限定して語られました。それは、彼らがこれから教会の指導者となるべき者たちであり、イエスの十字架の意味を深く理解する必要があったからです。ところが、まさにそのような大切な場面で、ゼベダイの子たち、すなわちヤコブとヨハネの母が、息子たちを連れてイエスのもとに来て願い出ました。その願いとは、「あなたの御国で、この二人の息子が、ひとりはあなたの右に、ひとりは左に座れるようにお約束ください」というものでした。つまりこの親子は、これからイエスが十字架にかかろうとしているこの時に、自分たちの息子を御国で最も高い地位につけてほしいと願ったのです。弟子たちは、イエスが語られた受難の意味をまだ理解していませんでした。彼らは、イエスが王として栄光の王国を打ち立てると考え、その中で誰が最も偉い地位に就くのかということに心を向けていたのです。しかも、あろうことか、この願いを聞いた他の十人の弟子たちが「二人のことで腹を立てた」と記されています。それは、彼ら自身も同じような野心を心の中に抱いていたからでした。弟子たちは皆、主の十字架よりも、自分たちの栄光や立場のことを考えていたのです。 そこでイエスは、「あなたがたは、自分が何を求めているのか分かっていない。わたしが飲もうとしている杯を飲むことができますか」と言われました。この「杯」とは、旧約聖書でもしばしば用いられる表現で、神の御心として受ける苦しみ、特に十字架の苦難を指しています。しかし弟子たちは、その意味を十分理解しないまま、「飲めます」と答えたのです。この姿は、弟子たちに限らず、私たちも同じです。

 次にイエスは、26節・27節のように語られます。ここでイエスが語られたことは、弟子たちや母親が期待していたこととは全く異なる、新しい生き方でした。弟子たちはやがて、イエス・キリストの十字架の死と復活の後、教会において指導者的な存在となっていきます。教会にも、指導的な立場に立つ人々が存在します。一般に「指導者」とは、その立場に応じて与えられた力や権威によって集団や組織をまとめ、人々を導く人のことを指します。すなわち、集団や組織の目標達成に向かって人々を導き、けん引していくリーダーとしての能力や役割を意味しています。しかし、ここでイエスが弟子たちに教えられたことは、それとは正反対のものでした。イエスは、世(異邦人)の支配者たちが人々を支配し、権力を振るう姿を引き合いに出しながら、神の国における原則を次のように教えられたのです。すなわち、キリストが教えるリーダーシップとは、集団や組織の頂点に立つことではなく、むしろ一番下に立って他者を支えることです。これは単なる謙遜の勧めではなく、支配を前提とした在り方そのものの転換を意味しています。そして、この教えの根拠として、イエスはご自身の使命を示しながら次のように語られました。「人の子も、仕えられるためではなく、かえって仕えるために来たのであり、また多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのである」と。つまり、上から下への支配ではなく、むしろ下から上へと仕えていく、イエス・キリストの「しもべとしての心と生き方」こそが、イエスが弟子たちに、そして現代を生きる私たちに期待しておられる新しい生き方なのです。そして、この新しい生き方こそが、教会のあるべき姿であると言い換えることができるでしょう。

“あなたがたの間では、そうであってはなりません。あなたがたの間で偉くなりたいと思う者 は、皆に仕える者になりなさい。あなたがたの間で先頭に立ちたいと思う者は、皆のしも べになりなさい。” 26-27

“わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがた を愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いの間に愛があるなら、それに よって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての人が認めるようになります。” ヨハネ13:34-35

② イエス・キリストにならって

 マタイによる福音書20章28節は、よく知られた御言葉です。しかし、今回の礼拝メッセージの準備を通して、この節の末尾にある「同じようにしなさい」というフレーズを、正直に言って、これまで読み飛ばしていたことに改めて気づかされました。「人の子」とは、イエス・キリストご自身のことです。イエスが来られたのは、仕えられるためではなく、かえって仕えるためでした。そして、その「仕えること」を具体的に示しているのが、「多くの人のための贖いの代価として、自分のいのちを与えること」です。ここまでは理解できるのですが、イエスはこのことについて、「同じようにしなさい」と教えておられるのです。

 これはあまりにもハードルの高い要求のように思えます。イエス・キリストが実際にこの地上に遣わされた目的や理由については理解できます。しかし、「同じようにしなさい」と言われると、私たちに対する期待があまりにも大きく、容易に達成できるものではなく、自分にはレベルが高すぎて現実的な目標にはならないとして、読み飛ばしてしまっていたのかもしれません。しかし今回、あらためて思わされたのは、イエスは私たちに不可能なことやできないことを、無意味に要求されるお方ではないということです。できもしないことを「しなさい」と言っているのではなく、そのことを教えておられるのは、ほかでもないイエスご自身なのです。「あなたは私の弟子なのだから、そのように生きるのだ。異邦人の世界ではそうではないかもしれない。しかし、ほかでもない私の弟子である『あなたがたの間』だからこそ、そのように生きることができるのだ」と言っておられるのです。自分ができるか、できないかは別として、イエスが言っておられる本意は理解できたように思えたのです。

 私たちは、神に無条件に愛されることによって完全な平安を得ることができます。しかし同時に、私たちは自分を捧げることによって、人生の喜びを感じることができるのです。人生のゴールは、完全な平安を得ることではありません。無条件に愛されることが、人生のゴールなのでもありません。もちろん、無条件に愛されることは、すべての人にとって大切なことです。しかし神が準備してくださっているのは、そのように無条件に愛されている私たちが、無条件に自分を与えることができるようになることです。そしてイエス・キリストは、「同じように生きなさい」と教えておられるのです。

 「同じようにしなさい」と言われると、私には無理だと思ってしまいます。しかしそのとき、私に問われているのは、イエス・キリストに対する愛なのだと改めて思いました。イエスは、「わたしが飲もうとしている杯を飲むことができますか」と弟子たちに問われました。弟子たちは「できます」と答えました。しかし彼らは、贖いの代価として自分のいのちを与えるという本当の意味を理解していなかったのです。けれども、そのような弟子たちも、やがてイエス・キリストのため、人々のために、いのちを懸けて仕えていくようになるのです。まさにイエスがここで語られたように、同じように、いのちを懸けて生きる者となっていったのです。

 ここで確認したいことがあります。イエスが言われた「仕えること」「しもべになること」とは、人々の要望や期待に、不平も言わず奴隷のように従うことでは決してありません。イエス・キリストの姿を見ると、何でも「はい、はい」と従っていたわけではありません。むしろ厳しいことを語られたこともあり、ときには一見冷たいと思えるような態度を取られたこともありました。イエス・キリストがしもべとなり、贖いの代価としてご自分のいのちを与えられたということは、本当に相手にとって必要なものを与えられたということです。私たちの希望や要求に応えるためではなく、私たちに本当に必要な救いのために、ご自分を捧げてくださったのです。つまり、私たちにとって「しもべになる」とは、神がこの世界の人々のために持っておられる救いの計画に基づいて仕えていくことです。それは単なるお世話や、滅私奉公のようなものではありません。そう考えると、この「同じようにしなさい」という言葉は、単なる行動や行為を指しているのではありません。それは、イエス・キリストを愛するということ、すなわちイエス・キリストと私たちとの関係の問題なのです。

“人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための贖いの代価として、 自分のいのちを与えるために来たのと、同じようにしなさい。” 28

③ 与えられた愛と自由によって

 使徒パウロがコリントの教会宛に書いた手紙の一節に、次のような言葉があります(Ⅱコリント9:6-)。この箇所は、与えることについての代表的な教えの一つです。ここでは、神に喜ばれる与え方(姿勢)と、与える者に対する神の祝福の原則が示されています。

「少し蒔く者は少し刈り取り、豊かに蒔く者は豊かに刈り取る」とか、「いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい」といった言葉です。

 パウロが示そうとしている成熟した者の与える姿勢とは、イエス・キリストに対する愛、すなわち自分とイエスとの関係から生まれる内的な思いによって動機づけられるものです。そしてそれは、キリストが示してくださった愛の模範に基づくものなのです。つまり、自分の欲望によって動機づけられるのではなく、いやいやながらでもなく、また強いられてでもなく、心で決めたとおりに与えなさいということです。私たちがまだ未成熟なときには、「神が自分に何を与えてくださるのか」ということに意識が向きがちです。しかしこの箇所には、「神は、あなたがたにあらゆる恵みをあふれるばかりに与えることがおできになります」と記されています。もちろん、神が私たちに与えてくださることに変わりはありません。しかしここで語られているのは、「神が与えることがおできになる」ということです。つまり、神が何を与えてくださるのかということよりも、神がどのようなお方であるのか、すなわち神のご性質、そして神と私たちとの関係によって、私たちは生かされ、生きていくのだとパウロは語っているのです。パウロ自身、どんなに危機的な状況の中にあっても、神が自分を守ることがおできになるお方であると信じていました。たとえ迫害の中でいのちを失うことがあったとしても、あるいは実際にいのちが助けられることがなかったとしても、神はどのような状況においても助けることがおできになるお方であると堅く信じ、その信仰を失うことはありませんでした。ですから私たちは、「しもべになったら何か報いが得られるのだろうか」とか、「天国に行ったら神の王座の左右に座る権威が与えられるのだろうか」といった、未成熟な子どものような考え方ではなく、神が私たちの人生の歩みの中で、あらゆる恵みをあふれるばかりに、私たちの必要に応じて、御心のままに与えることがおできになるお方であるという確信を持つのです。これがキリスト者の確信なのです。そして、それは先ほども触れたように、「あなたがたの間で」とあるように、「しもべとして仕える」という姿が、個人的な生き方というよりも、キリスト者全体、あるいは教会全体の在り方、価値観であることを示しています。「あの人はすばらしいしもべだ」と言われることも確かに素晴らしいことです。しかしそれ以上に大切なのは、「あなたがたの間で」、すなわちイエス・キリストの弟子たちの間に、この価値観と生き方が存在することです。そのようなイエス・キリストの弟子としての生き方が、教会の生き方となっていくことを、私たちは目指していきたいと思うのです。

 パウロは、ガラテヤの教会に宛てた手紙にもこのように書いています(ガラテヤ5:13)。ここでもパウロは「仕えること」について教えていますが、その鍵となるのは「自由」と「愛」です。つまり、イエス・キリストから与えられた「自由」と「愛」を動機として、互いに仕えることができるという教えです。そして、「自由」と「愛」をもって互いに仕え合うとき、キリストのからだである教会は健康なからだとなっていくのです。私たちは一人ひとり、それぞれに個性があり、違いがあります。その一人ひとりが、イエス・キリストから与えられた「自由」と「愛」によって、主を愛し、主のために仕え、自分自身を捧げていきたいのです。私たちが救われたのは、ただ私たちの人生において、この世的に成功し、幸せになるためだけではありません。それも素晴らしいことです。しかし、それで終わりではないのです。与えられた人生をもって、神のため、人々のために生きていくのです。

 レントも後半に入ります。イエス・キリストが歩まれた苦難の道を黙想し、十字架の深い意味をかみしめることによって、自らの罪を悔い改め、節制と祈りをもって歩みたいと思います。そして、その先にある復活の希望を見つめながら、ともに前へ進んでいこうではありませんか。

“兄弟たち。あなたがたは自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働 く機会としないで、愛をもって互いに仕え合いなさい。” ガラテヤ5:13

“私が伝えたいことは、こうです。わずかだけ蒔く者はわずかだけ刈り入れ、豊かに蒔く者は 豊かに刈り入れます。一人ひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決 めたとおりにしなさい。神は、喜んで与える人を愛してくださるのです。神はあなたがた に、あらゆる恵みをあふれるばかりに与えることがおできになります。あなたがたが、い つもすべてのことに満ち足りて、すべての良いわざにあふれるようになるためです。” 2コリント9:6-

Author: Paulsletter

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