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「父よ、あなたのお名前を」

2026 2/02
メッセージを読む
2026年2月1日2026年2月2日

2月1日メッセージ
小平牧生牧師
「父よ、あなたのお名前を」
マタイの福音書6章9~15節

 イエスは、マタイによる福音書6章で、「天にいます私たちの父よ」と呼びかけて祈るようにと教えられました。ここで注目すべきは、「わたしの父」ではなく、「わたしたちの父」と祈るよう導かれている点です。神を父と呼ぶとき、そこには必然的に新しい人間関係が生まれます。互いに同じ父を持つ者は、「兄弟姉妹」とされるのです。つまり「兄弟姉妹」とされるということは、主イエス・キリストの十字架の死と復活を信じて救われるということにとどまらず、神の家族へと迎え入れられることを意味します。もちろん、イエス・キリストを信じる者であっても、思いや考え方が異なることはあるでしょう。しかし、年齢、性別、民族、立場といったさまざまな違いを超えて、私たちは神の前に「兄弟姉妹」とされ、「神の家族」としての関係に置かれているのです。

「天にいます私たちの父よ」と呼びかけるとき、イエス・キリストが私たちに教えてくださった祈りに続く最初の願いは、「御名があがめられますように(聖なるものとされますように)」という言葉でした。神には固有の名があります。聖書において「名」とは、単なる呼称ではなく、その方の性質や権威、存在そのものを表すものです。つまり「神の名」とは、神がどのようなお方であり、どのようなご性質を持つ存在であるかを示すものなのです。

 「御名が聖なるものとされますように」という祈りにおいて、その「名」に込められている神の本質とは、どのようなものなのでしょうか。また、主イエスはなぜ祈りの冒頭に、この願いの言葉を置かれたのでしょうか。さらに、この祈りを私たちはどのように自らの人生に適用していけばよいのでしょうか。今朝は、これらの問いを心に留めつつ、ご一緒に考えていきたいと思います。

“ですから、あなたがたはこう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名が聖なるものとされますように。御国が来ますように。みこころが天で行われるように、地でも行われますように。” 9-10

目次

① 神は「名」を持っておられる

 「天にいます私たちの父よ」と呼びかけて、イエス・キリストが私たちに最初に祈るよう教えられたのは、「御名が聖なるものとされますように」という祈りです。前にもお話しましたが、この祈りは、日本語では「御名が聖なるものとされますように」「御国が来ますように」「みこころが行われますように」と訳されています。表現としては丁寧ですが、ややピンと来にくいと感じる方もおられるかもしれません。これを英語に訳すと、「御名」は your name(あなたの名)、「御国」は your kingdom(あなたの国)、「みこころ」は your will(あなたの意志)となります。つまり、祈りの中で私たちは、私たちの名ではなく神の名が崇められ、私たちが支配する世界ではなく神が支配される世界が実現し、私たちの意志ではなく神の意志が成し遂げられますようにと祈っているのです。

 ここで、あらためて気づかされるのは、神が「名」を持っておられるお方であるということです。私たちは祈りの中で「父なる神よ」と呼びかけますが、これは、ちょうど「人間よ」と呼びかけるように、一般名詞で呼んでいる表現に近いとも言えるでしょう。もちろん、人間は多数存在するのに対し、神は唯一無二の存在であるため、対象を取り違えることはありません。しかし、それでもなお、神が固有の名を持っておられるという事実は、きわめて重要な意味を持っているのです。

 繰り返し学んできたように、神は「私たちの父」ですから、「私たちの父」と呼ぶことは間違いではありません。しかし同時に、父とは固有の名を持ち、人格を備えた存在でもあります。たとえば、私が、「小平牧生」という固有の名前を持ち、特定の人格的存在を指し示すように、神もまた固有の名を持ち、人格的なお方としてご自身を表しておられるのです。その意味で、私たちが信じる神は、一般名詞としての「神」や、抽象的な概念としての神ではありません。固有の名を持ち、人格的に私たちと関わってくださるお方なのです。このことを理解することは、私たちと神との関係を、より深く、より親密なものへと導いてくれます。私たちは、ただ漠然と「神」と呼ぶだけでは、その方がどのようなお方であるのかを十分に知ることはできません。しかし、神の「名」を理解することによって、神がどのようなお方であるのかを知ることができるのです。なぜなら、その名には、神ご自身の性質が表されているからです。

 聖書を読むと、神の名について記されている箇所が数多くあります。特に旧約聖書には、神の名が頻繁に登場し、それらは神がご自分の性質を民に示される場面として描かれています。

 例えば、モーセがイスラエルの民をエジプトから導き出す使命を神から与えられたとき、彼は神にその名を尋ねました。イスラエルの民は約四百年もの間、エジプトで強制労働を課され、奴隷として苦しんでいました。そのような状況から民を解放するという重大な務めに、モーセは神によって召し出されたのです。当時のエジプトでは、多くの神々が名を持ち、崇拝されていました。そのためモーセは、イスラエルの民に対して、彼らを救い出す真の神の存在と権威を明確に示す必要があり、神に名を尋ねたのです。神の名を知ることは、真の神の存在と権威を知ることにつながります。モーセは、神の本質を理解したいと願っていました。そこで神はモーセに、「わたしは、有りて在る者」と告げられました。これは、神が永遠から永遠に至るまで常に存在し続け、何ものにも依存せず、約束に真実であられる方であることを示しています。また、新約聖書では、生まれてくる男の子について「その名はインマヌエルと呼ばれる」と記されています。「インマヌエル」という名は、その子がどのような存在であるかを示すものであり、「神が私たちとともにおられる」という救い主としての本質を表しています。

“神はモーセに仰せられた。「わたしは『わたしはある』という者である。」”出エジプト3:14

“「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」それは、訳すと「神が私たちとともにおられる」という意味である。”マタイ1:23

② その「名」のとおりに、神を神とする

 イエス・キリストが「こう祈りなさい」と示された祈りの冒頭が、「御名があがめられますように(聖なるものとされますように)」とされたのは、なぜでしょうか。言い換えるなら、なぜ私たちは、願いの最初にこの祈りをささげるよう求められているのでしょうか。

 私たちはこの御言葉を繰り返し読みながら、父なる神がどのようなお方であり、どのようなご性質を持っておられるのかを思い巡らしてきました。私たちが神に祈るとき、神を自分自身のイメージの中に閉じ込めてしまわないよう、注意しなければなりません。もし神を自分のイメージの中に閉じ込めたまま祈るなら、結果として、神を自己実現や願望を満たすための道具のように扱ってしまうおそれがあるからです。そうならないためにも、祈りにおける優先順位が大切なのだと思わされます。もちろん、私たちには願いがあり、必要が満たされることも大切です。「主の祈り」の後半には、日ごとの糧が与えられること、互いに赦し合うこと、人間関係が健やかに保たれること、そして人生のさまざまな試練から守られることなど、私たちにとって切実な願いが祈りとして示されています。しかしイエスは、そのような祈りに先立って、まず「御名があがめられますように(聖なるものとされますように)」と祈るよう教えられました。それは、たとえ私たちが神の子とされた者であっても、なお内に罪の性質を抱え、罪に満ちたこの世界に生きているからです。神を信じ、熱心に祈っている者であったとしても、私たちの祈りをよく見ると、そこには自己中心的な思いが潜んでいることがあります。自分たちの願いを神に訴え、守りを願う一方で、敵対する者の滅びを求めてしまうことさえあるのです。私たちの祈りは、ともすれば自己中心的になり、願望が満たされることだけを求めて、それを実現するよう神に迫るものになりがちです。だからこそ私たちは、そのような自己中心性から解放され、神の子、神の民として、神が崇められることを何よりも第一に願う者でありたいのです。そのために、神が私たちにとって常にふさわしいお方であることを心に留め、すべての祈りに先立って、まず「御名があがめられますように(聖なるものとされますように)」と祈り始める必要があることを、改めて深く心に刻みたいと思います。

 「御名があがめられますように(聖なるものとされますように)」という祈りについては、その意味を正しく理解することが大切です。その基本的な意味は、「そのものが本来の目的にふさわしいものとされる」ということです。私たちが聖別されるというのは、人間が神に創造された本来の姿、すなわち「神のかたち」にされることを意味しています。例えば、教会には洗礼式に用いる水を入れる容器がありますが、それは洗礼式のためだけに用いられるものとして聖別された容器です。「聖なるものとする」ということが、単にきれいにすることや清潔にすることを意味するのであれば、その都度洗えば十分ということになってしまいます。しかし、そうではありません。この容器は、洗礼という目的のために用いられるものとして聖なるものとされているのであって、その容器自体が特別に立派であるからではないのです。つまり、尊い目的のために取り分けられているということなのです。神が私たちを聖くされたということも、単に罪を犯さない清廉潔白な者になるという意味ではありません。そうではなく、神が創造された本来の目的にふさわしい存在として、私たちが聖くされるということなのです。ですから、神の御名が聖なるものとされるということも、神にふさわしいその御名が、私たちのうちに位置づけられるということを意味しています。それは、「あがめられる」と記されているように、賛美され、大いに称えられるということでもあります。この言葉を人間に対して用いるなら、人間の本質を超えて賛美し、称えることになってしまいます。しかし、人間はあくまで人間です。真に賛美され、称えられるにふさわしいお方は、神おひとりしかおられないのです。神は、その御名にふさわしいご性質を備えておられるのであり、私たちは、その御名のとおりに祈るだけなのです。

“それから神は次のすべてのことばを告げられた。「わたしは、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出したあなたの神、主である。あなたには、わたし以外に、ほかの神があってはならない。あなたは自分のために偶像を造ってはならない。…”出エジプト20:1-

“アブラハムは、その場所の名をアドナイ・イルエと呼んだ。今日も、「主の山には備えがある」と言われている。” 創世記22:14

③ 神を神とする時に、神の子としての人生が始まる

 最後のポイントは、これらを受けての私たちの適用です。神を神とする時に、神の子としての人生が実現していきます。私たちの人生において大切なことは、神をその御名にふさわしく、私たちの内に正しく位置づけるということです。私たちは往々にして、自分の内に、自分の思いのままの神を造り上げてしまいます。その結果、世界には無数の神々が生まれ、さまざまな宗教が生まれてきました。しかし、そうではなく、まず神が神のご性質にふさわしいお方であるとして、私たちは祈り始めなければならないのです。

 旧約聖書には、さまざまな出来事が記されています。その中で、神の御名がいくつも示され、神がどのようなお方であり、どのようなご性質を持っておられるかが明らかにされています。例えば、アブラムが九十九歳になったとき、神は彼に現れてこう仰せられました。「わたしは全能の神(エル・シャダイ)である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ」と。ここで「全能の神」と訳されているヘブライ語の「エル・シャダイ」のうち、「エル」は「神」や「力ある者」を意味する一般的な語です。「シャダイ」の語源については古くから議論がありますが、その一つに「山」と関連づける説があります。古代近東では、山は神々の住まいと考えられていました。このことから、「エル・シャダイ」は「山の上に立つ者」、あるいは「揺るがない土台を持つ力ある神」を表すと理解することができます。このときアブラムは九十九歳、妻サラも高齢で、人間的には子孫が与えられる望みはすでに絶たれていました。しかし神は、あえてこの時にご自身を「エル・シャダイ」として現されました。それは、人間には不可能に思えることであっても、神には約束を実現する力が十分にあることを示すためでした。

 また、神はアブラハムに、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを、モリヤの地で全焼のいけにえとして献げなさい」と命じられます。イサクは、長年待ち望んで、ようやく与えられた子でした。にもかかわらず、神はイサクを献げなさいと命じられたのです。アブラハムは理由を問うことなく、沈黙のうちに神の命令に従います。アブラハムが祭壇を築き、イサクを縛り、刃を取ったその瞬間に、「その子に手を下してはならない」と主の使いが彼を止めます。この場面でアブラハムは、その出来事を「主の山の上には備えがある」(アドナイ・イルエ)という告白によって表しました。これは、主が必要なものをすべて備えてくださるお方であるという、極限状況の中で明らかにされた神の本質、すなわち神の御名の啓示でした。

 このように神は、さまざまな場面を通して、ご自分がどのようなお方であるかを示してこられました。そしてイエス・キリストが来られ、キリストによって、神のご性質は決定的に明らかにされました。すなわち、私たちはイエス・キリストによって、神が愛であることを知りました。また、恵み深く、憐みに富んだお方であることも知らされました。しかしイエス・キリストは、「神の名」、すなわち神のご性質が聖なるものとして崇められるように祈りなさいと教えられました。今日の御言葉の適用として祈っていただきたいことは、神の御名、すなわち愛なる神のご性質が、私たちの内にあって崇められるということです。愛とは、内にとどまるものではなく、溢れ出るものです。私たちの内には、さまざまな出来事を通して、憎しみや苛立ちが生じることがあります。しかし、神の御名が崇められるとき、神の愛が私たちの内に溢れ出し、私たちの中にある憎しみや苛立ちを吹き飛ばすことができるのです。

 私たちがなすべきことは、自分の内にある憎しみや苛立ちをどう抑えるかではありません。まず、神の御名を崇めることです。愛なる神の御名を、私たちの人生において大いなるものとすることなのです。それは私個人にとどまらず、兄弟姉妹との関係においても同じです。夫婦の関係かもしれませんし、教会における兄弟姉妹との関係かもしれません。そのような関係のただ中で、愛なる神の御名が崇められるように、恵み深い神が私たちの内に満ちるよう、まず祈らなければならないのです。私たちは二月の教会総会に向けて準備を進めていますが、何よりもまず、神のご性質がこの教会において崇められるように祈ることが大切です。神の愛なる、恵み深い、憐みに満ち、いつも共にいてくださるエル・シャダイとしてのご性質が、私たちの教会においても崇められていくように祈っていただきたいのです。「御名が崇められますように」という祈りを、私たち自身の言葉にして、日々の歩みの中で適用して祈っていきましょう。

“だが今、主はこう言われる。ヤコブよ、あなたを創造した方、イスラエルよ、あなたを形造った方が。「恐れるな。わたしがあなたを贖ったからだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたは、わたしのもの。あなたが水の中を過ぎるときも、わたしは、あなたとともにいる。…” イザヤ 43:1-

“イエスは彼に言われた。「『あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。』これが、重要な第一の戒めです。『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』という第二の戒めも、それと同じように重要です。この二つの戒めに律法と預言者の全体がかかっているのです。」”22:37-

Author: Paulsletter

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