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「最初の日、今日、そしてキリストの日」

2026 3/30
メッセージを読む
2026年3月29日2026年3月30日

3月29日メッセージ
小平牧生牧師
「最初の日、今日、そしてキリストの日」
ピリピ人への手紙1章1~11節

 最初に、私自身のことをお話しさせていただきます。私の父は、今から74年前の1952年、東京・高円寺にある日本基督教団更生教会において、安倍豊造師より洗礼を受けました。この教会の前身は、東洋宣教会日本ホーリネス教会高円寺伝道所として発足し、ホーリネス教会の分離事件の後に同牧師が着任されたと聞いております。その後、父は、基督兄弟団成増教会の小林廉直師との出会いが与えられ、基督兄弟団へと導かれました。そして献身し、引退に至るまで、この教団に奉仕させていただくことができました。私が高校生のとき、父が教団の理事長(当時は主管者と呼ばれていました)に就任した年の春季大会で、ある年配の信徒が、「あなたのお父さんは主管者に就任されたけれども、兄弟団の本流ではない」と、わざわざ私に向かって言われたことがありました。父がもともと他教団の出身であったためなのか、あるいは安倍豊造師がホーリネス教会分離の際に取られた立場の違いによるものなのか、その理由は定かではありません。しかし当時の教団では、そのような見方が、ある意味で当然のように語られていた時代でもありました。また当時は、基督兄弟団のことを「この火の群れ」と表現し、この言葉の意味を本当に理解しているのかと信徒に問いかけるような風潮がありました(注※筆者自身は、この「この火の群れ」という言葉を十分に理解しているわけではありませんが、「火」という言葉が、神の臨在や聖さ、潔め、あるいは聖霊の働きを象徴していることから、「神の霊によって信仰が燃やされ、潔められ、多くの人が救いへと導かれる、燃えて輝く共同体、すなわちリバイバルを経験した教会」を意味するものとして受け止めました)。

 その後、私は青山学院大学へ進学しました。大学のキリスト者の集まりで自己紹介をした際、自分の所属教団を「基督兄弟団」とは言わず、「ホーリネス系の教団です」と表現しました。そのとき、宗教主事の先生が「そうですか、あの伝道熱心な教団ですね」と言われました。その言葉を聞いた瞬間、私はなぜかどこか見下されたような感覚を覚えたのです。教団の中では「本流ではない」と言われ、キリスト教界においても主流ではない(では自分は何流なのか)という思いが、私の中に屈折した感情として芽生えていきました。しかしその後、「自分は誰なのか」という問いを、信仰と歴史を通して自問自答するようになりました。そうした経験もあって、献身を決意した際には教団の聖書学院ではなく、他の神学校へ進む道を選びました。また、後に教団の教職に就いた際も、職位の認定試験で教職委員会に提出した論文には、毎回、教団の信仰や教理に対する批判的な考察を記しました。そのため、準教師のときも正教師のときも、実は合格することができませんでした。それでも、主はそのような私を捉え続け、「お前は私を愛するのか、私の教会を愛するのか」と問いかけ続けてくださいました。だからこそ、私は諦めず、投げ出さずに歩むことができたのです。いや、むしろ私が耐えたのではなく、主が私を諦めず、見捨てずに守り続けてくださったのだと思います。こうして今日まで導かれてきたことを、私は心から主に感謝しています。

 若い頃、外部に対しては劣等感を覚え、内部に対しては批判的な目で、自分の教団や教会を見ていたことを思い起こします。しかし、牧会の日々を通して、祈りと御言葉の中で、神はこのような罪深い者を、ひとり子のいのちをもって贖い、さらにキリストの花嫁である教会を完成へと導いておられるという、驚くべきご計画の中に、私自身が加えられていることを教えられてきました。また同時に、どのような時代にあっても、ただ主を愛し、主に従い続けてきた先輩たちの歩みに深く感謝し、その歩みの中に自分も加えられていることを、誇りとして受け止める者とされました。神の国を待ち望みつつ、その完成を目指して、この時代に、この国に生かされている者として、与えられた聖なる務めを果たさせていただきたいと願っています。

 さて、今年の教団の年間標語として定められた、ピリピ人への手紙の冒頭箇所を開いています。
 使徒行伝第16章の記述によれば、ピリピの教会は、使徒パウロが幻(マケドニア人の招き)に従って海を渡り、ヨーロッパで最初に設立したキリスト者の共同体です。この教会の始まりは、紫布の商人リディア、占いの霊に取りつかれていた女奴隷、そしてパウロを監禁していた看守とその家族といった、多様な人々が福音によって変えられたことに端を発しています。それゆえパウロは、この教会に対して格別の愛着を抱いており、獄中から記したこの手紙には、あふれるばかりの感謝と、福音宣教の完成に向かう不屈の情熱が込められています。今朝は、この手紙の冒頭においてパウロが示している、信仰者の歩みを決定づける「三つの時」に焦点を当て、ともに分かち合いたいと思います。それは、「最初の日」「今日」、そして「キリストの日」です。

目次

① 最初の日からの歩みを喜び、感謝します

 宣教の働きは、常に困難の中から新しい扉が開かれていきます。ステパノへの迫害と殉教をきっかけに、エルサレムから散らされたキリスト者たちによって、シリアのアンティオキアに教会が誕生しました。さらに、その迫害の主導者であったサウロ(パウロ)自身も、ダマスコへの途上で復活のキリストと出会い、劇的な回心を遂げます。やがてパウロは伝道旅行へと送り出され、小アジアのピシディアのアンティオキアやイコニオンなどに、次々と教会を建てていきました。パウロ一行は、既存の教会を強めつつ、さらに未開の地へ福音を広げようと計画しますが、アジア州やビティニアへの道は「聖霊によって」、あるいは「イエスの霊が許さず」、ことごとく閉ざされます。 行き止まりの地、小アジア西端のトロアスで、パウロは運命的な幻を見ます。「マケドニアに渡って来て、私たちを助けてください」という一人のマケドニア人の願いです。一行はこれを神の召しと確信し、直ちに海を渡ってヨーロッパ大陸のネオポリスへと向かい、そこからピリピという都市へ足を踏み入れました。

 ピリピ人への手紙1章5節で、パウロが感謝をもって語る「最初の日から今日まで」という言葉の背後には、この地で起こった驚くべき救いのドラマがあります。安息日に川岸の祈り場にいた紫布の商人リディアは、主がその心を開かれたことによって、ヨーロッパで最初の信徒となりました。また、占いの霊に取りつかれ、主人たちの利益の道具とされていた女奴隷も、パウロがイエス・キリストの名によって霊を追い出したことによって、束縛から解放されました。しかし、この出来事をきっかけに、パウロとシラスは投獄されます。ところが、真夜中に賛美をささげていたとき、大地震が起こりました。自害しようとした看守に対して、パウロはそれを制止し、「主イエスを信じなさい」と語りかけます。この言葉によって、看守は救いへと導かれ、家族とともに洗礼を受け、喜びに満たされました。このように、人間的には計画が挫折し、目の前の扉がすべて閉ざされたかのように見えたトロアスの夜。しかし、聖霊による「足止め」は、福音が海を越え、新たな大陸へと進むための神の備えでした。どのような逆境にあっても、神の言葉は縛られず、福音には人の想像を超える力があります。ピリピで現されたこのダイナミックな救いの御業こそが、パウロの心に深く刻まれた「最初の日」の記憶であり、教会の宣教を支える原動力となったのです。

 私たちの教団にも、「最初の日」があります。中田重治たちに与えられた幻によって生み出されたホーリネス教会は、その誕生の日から激動の中を歩んできました。大正と昭和の二度にわたるリバイバルを経験し、宣教の地は満州、朝鮮、台湾、東南アジア、さらには北米、ハワイ、ブラジルといった日系移民社会へと拡大していきました。しかし、この宣教の拡大は、奇しくも日本の軍国主義的な拡張と重なる時代背景の中にありました。恵みの中にあった教会を、やがて試練が襲います。1933年、教理の対立によって、ホーリネス教会は中田重治派の「きよめ教会」と、聖書学院教授派の「日本聖教会」とに分裂しました。さらに1941年、宗教団体法の施行という国家統制のもとで、プロテスタント諸派は「日本基督教団」へと強制的に統合されます。しかし、国家による圧力はそれで終わりませんでした。教会は国家神道体制に加担し、侵略戦争の一端を担うという罪を犯しました。

 今から30年前、教団創立50周年を迎えたとき、私たちはあらためてその罪を告白し、ただイエス・キリストのみを主として歩む決心を新たにして、今日に至っています。このように、私たちの「最初の日から今日まで」の歩みは、決して順風満帆なものではありませんでしたが、それにもかかわらず、神の恵みは豊かでした。教会のかしらであるイエス・キリストは、今日まで私たちを愛し、守り、導いてくださいました。あの「最初の日」、私たちが生まれる前から、神は私たちをそのご計画の中に置き、今日に至るまで導いてくださったのです。私たちが滅び失せなかったのは主の恵みによるものであり、主の憐れみが尽きなかったからであると、エレミヤは賛美しています。まさに、私たちが今ここに立っているのは、ただ主の恵みと憐れみが尽きないゆえです。そしてそれは、この時代に生きる私たちに、果たすべき主の務めと使命が与えられているからにほかなりません。

“私は、あなたがたのことを思うたびに、私の神に感謝しています。あなたがたすべ てのために祈るたびに、いつも喜びをもって祈り、あなたがたが最初の日から今日 まで、福音を伝えることにともに携わってきたことを感謝しています。” 3-5

“私は、あなたがたのことを思い起こす度に、私の神に感謝し、あなたがた一同のた めに祈る度に、いつも喜びをもって祈っています。それは、あなたがたが最初の日 から今日に至るまで、福音にあずかっているからです。” 3-5、聖書協会共同訳

② 主がその働きを完成されることを信じ、私たちの今日の働きをすすめます

 パウロは、この数節の中で「キリスト・イエスの日」という言葉を二度用いています。その一つが6節です。先ほどお話しした通り、今から約120年前、主は日本に、私たちの教団のルーツとなるホーリネス教会を誕生させてくださいました。さらに約80年前には、あの戦後の廃墟の中から愛する先輩方を立ち上がらせ、基督兄弟団として再建してくださいました。その時すでに神は、今日の私たちの姿も、私たちが直面するすべての課題も、ご存じであられたのです。そして今日に至るまで、主は私たちの歩みのすべてを導き、どのようなときにも共にいてくださいました。その歩みを終えた多くの聖徒たちは、信仰の戦いを走り終え、愛する主の御もとへと召されていきました。それと同時に、神は私たち一人ひとり、そして教会全体に対して、完成へと至るご計画を持っておられます。ですから、この時代に生かされている私たちは、神が始められた救いの御業を、神ご自身が完成してくださると信じ、そのゴールを待ち望みながら歩んでいくのです。そしてまた、与えられた務めを忠実に果たしていくのです。もちろん、私たちには、その働きを始める力も、成し遂げる力もありません。しかし、私たちが先に歩んだ先輩たちから教えられてきたこと、そして次の世代へと受け継いでいかなければならないことは、私たちが信頼すべきお方は主なる神おひとりである、ということです。何もないところから、ただ主ご自身が私たちを導いてくださいました。そして、その主が、私たちの教会をキリストが再び来られる日までに完成してくださるのです。

 私たちが共に福音にあずかってきたという事実は、まさに神の恵みによるものです。同時にそれは、福音を伝えるという使命を担いながら歩んできたということでもあります。私は、日本における福音宣教の現状を見ながら、政治にたとえるなら小党乱立のようであり、戦場に置き換えるなら兵力が分断され、局地戦に追い込まれているかのような状況にあると、常々感じています。多くの賜物やエネルギーが教会や教団内部の運営に向けられている一方で、地域教会の閉鎖は進んでいます。これからの宣教戦略について十分に語る時間は、ここにはありません。しかし私たちもまた、やがて来る日に「あの最初の日から今日まで」、福音を伝えるために共に仕えてきたと、喜びをもって主に栄光を帰する歩みをしたいと願っています。そのために必要なのは、明確なビジョンです。ただしそのビジョンは、私たちが自ら描き出すものではなく、神ご自身が与えてくださるものです。

 ピリピの教会の誕生は、パウロが見た幻から始まりました。彼が幻を見たとき、同労者たちはただちにマケドニアへ渡る決断をしました。それは、パウロの見た幻を自分たちの幻として受け止めたからです。聖書は、この時を境に、伝道旅行の主語が「私」から「私たち」へと変わったことを示しています。つまり、彼らの宣教は、共に担う働きとなったのです。同様に、今私たちに与えられているチャレンジは、この宣教の働きを「私たち」の働きとして共有できるかどうかにあります。「あの人が」「あの教会が」ということではなく、もちろんそれぞれの働きは大切ですが、私たちはこの日本で失われている人々の叫びを、パウロが聞いたマケドニアの叫びとして受け止めているでしょうか。そして、それを共に分かち合い、担おうとしているでしょうか。その幻を実現するために、教会を超え、教団を超えて、すべてのキリスト者が「私たちの使命」としてこれを担っていく決意があるでしょうか。今まさに、そのことが私たちに問われているのです。

“あなたがたの間で良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでに それを完成させてくださると、私は確信しています。” 6

“その夜、パウロは幻を見た。一人のマケドニア人が立って、「マケドニアに渡って 来て、私たちを助けてください」と懇願するのであった。パウロがこの幻を見たと き、私たちはただちにマケドニアに渡ることにした。彼らに福音を宣べ伝えるため に、神が私たちを召しておられるのだと確信したからである。” 使徒16:9-10

③ キリストの日を待ち望み、その日に備えます

 最後に、パウロはもう一つ「キリストの日」という言葉を用いています。パウロは、私たち一人ひとりの愛がさらに豊かになるようにと祈っています。それは、イエス・キリストに対する愛のことです。
 この祈りには、一人ひとりが「キリストの日」に備え、主にある生き方を見極める愛と力を受けてほしいという願いが込められています。神の栄光を現す道を選び取ること、すなわち、イエス・キリストへの献身を呼びかける祈りなのです。

 個人的なことを重ねてお話しします。同労者の先生方には、祈りの課題として覚えていただいていることですが、2019年、ちょうどコロナ禍の前の夏のことでした。定期健診を受けた際に精密検査を勧められていたにもかかわらず、しばらく放置してしまい、ついには検査入院をしなければならないほど症状が悪化してしまいました。病名は「突発性拡張型心筋症」でした。病院での検査結果について、家族とともに医師から説明を受けて帰宅しました。その後、自分の病気についてインターネットで調べたところ、5年生存率が約52%であることを知りました。その説明を読んだとき、心が震えるほど動揺しました。しかし同時に、私は自分がどのような存在であり、自分の人生とは何であるのかを、あらためて考えさせられる機会ともなりました。それまで牧師として語ってきた「私たちの人生にはやがて終わりの時が来る」という現実を、自分自身のこととして神から突きつけられたのです。そして、自分の持っているビジョンと、神が持っておられるご計画とは、必ずしも同じではないのかもしれない、と考えるようになりました。しかし同時に、このようにも思うようになりました。生かされているこの一瞬一瞬、一つひとつの説教も、教団の会議も、今日という一日も、明日という一日も、すべて主が与えてくださっているのだということです。私は主を愛して生きている。そのことを、その都度確認させていただく恵みが与えられているのだと受け止めるようになりました。そして、自分の働きが限られたものであったとしても、神から与えられた使命に目を向け、自分の人生が少しでもイエス・キリストの愛において純粋なものであるようにと願うようになったのです。

 今回の聖会で田中先生のメッセージを聞きながら、私もこの福音宣教の戦いの戦列から離れたくない、傍観者ではいたくないと強く思わされました。むしろ、最後まで福音宣教の最前線に立ち続けたいのです。そして主の大いなる御業を見たい。先輩方が経験し、祈り続けてこられた主のリバイバルを、私自身も味わいたいと願っています。もし主の御業のために私たちが迫害を受けなければならないのであれば、私は喜んでその先頭に立ちたいと願っています。先ほど受洗50周年の感謝の祈りをささげましたが、私自身もその節目に立つ者として、「最初の日」に召された歩みを、「キリスト・イエスの日」に焦点を合わせて全うしたいと願っています。もちろん、主から委ねられたこの体と心の健康を保つために最大限の努力をしつつ、キリストの証人として、牧師として、また教団の責任を担う者として、主を愛しながらその務めを果たしていきたいと願っています。しかし、私は肉体においても、またすべてにおいて弱い者です。それでも、私のうちに働きを始められた主が、「キリスト・イエスの日」が来るまでに完成してくださると確信しています。ですから、その日に向かって焦点を定め、さらに豊かなものとされるよう、自らをきよめ、互いに愛み合いながら歩んでいきたいと願っています。次の10年、「キリストの日」を目指して、共に歩んでいきましょう。

“私はこう祈っています。あなたがたの愛が、知識とあらゆる識別力によって、いよ いよ豊かになり、あなたがたが、大切なことを見分けることができますように。こ うしてあなたがたが、キリストの日に備えて、純真で非難されるところのない者となり、イエス・キリストによって与えられる義の実に満たされて、神の栄光と誉れ が現されますように。” 9-11

Author: Paulsletter

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