能登ボランティア報告 西岡稔
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能登ボランティア報告2025能登レポート(3) 國府憲司
10月29日(水)から31日(金)の日程で教会車をお借りし、昨年と同じ4人で能登ヘルプに参加しました。皆さんのお祈りとご支援(スマイル大作戦)に感謝します。またお弁当代まで捧げてくださりありがとうございました。
29日の朝、牧生牧師に祈っていただき、宿泊先の「金沢独立キリスト教会」に向けて300㌔の移動(往復の高速代は石川県負担)。運転交代と休憩をはさみながら午後遅くに到着。能登ヘルプ代表でもある岡田牧師に出迎えていただき、教会の歴史から、施設案内、宿泊所の利用方法、飲食店、スーパー、入浴施設の紹介までしていただきました。今回は布団もエアコンもあり、寝袋は必要なかったので助かりました。
翌朝、羽咋(はくい)聖書教会へ移動、「インマヌエル金沢キリスト教会」の蔦田牧師より、「あなたがたはキリストの僕です、イエス様の香りをもって出かけてください」とのメッセージと祈りで被災地へ出発。リーダーの足立牧師(毎週大阪から週末まで参加)、同じくリーダーの内灘聖書教会員の男性(西宮chのNさん似)、千葉から参加の女性を含めて7名で、輪島の手前、羽咋郡志賀町の海側(能登半島、左手親指の第一関節あたり)の個人のお宅で、公費解体予定の納屋の荷物出しに当たりました。納屋の中は埃をかぶった使わなくなった家具、電気製品、衣類等などで満杯状態。何も出来ず呆然とされている様子で、「荷物もろとも解体してほしい」と、年老いた義母と二人で暮らすご夫人は言われましたが、行政としては整理した上でないと解体は出来ないようです。ブロック塀も公費解体の対象にはならず、かなりの重労働の依頼が能登ヘルプにも来るそうです。今回はメンバーの年齢を考慮しての配慮?この日の作業は2階から荷下ろしして分類してトラックで運び出す前までの作業で終了。次のボランティアに引き継ぐことになりました。「また来てね」と手を振りながら見送られました。
二日目も羽咋聖書教会に集合。ここで牧会されている永井牧師は7月に開設した「穴水クリスチャンセンター」での働きを話され、「このセンターは東北の石巻と同じ聖霊様の胎動を感じる。我々は本当に小さな働きしかできませんが、主が幾倍にも大きくされて用いてくださることを体験している」と証され、「イエス様の光を携えて被災地に向かってください」と励ましをいただきました。昨年のメッセージ同様、永井牧師は「光」の方です。確かにこの地にイ
エス様の光が差し込んでいます。
参加者は急遽参加の金沢独立キリスト教会員の女性(多分人数を考慮して岡田牧師が教会員に声を掛けられたか?)と昨日に続いて足立牧師の6名。永井牧師に祈られて向かった先はJR七尾駅近くの居酒屋ビル。依頼者は中年のご夫妻でしたので、少しずつ片付けがなされていて、我々の作業は重量物などを搬出する作業でした。漏電の危険からか電気が止められていて、電池ランプの光だけで3階と2階と1階から搬出、マスクがすぐに茶色になる埃の中、金属、ガラス、燃えるものに分類しながら、能登ヘルプのトラック(東北・宮城ナンバー)への積み込み。雨が降り始め2回目の搬出には七尾市の処理センターへトラックに同行。荷下ろし分配の手伝いで終了し、祈りをもって解散しました。そのあと昨日に続いて公営入浴場で埃を流し(必須)、昨年同様雨の中帰路につきました。能登ヘルプでは作業前と作業後に依頼者に断ってお祈りをします。依頼者が加わる場合もあれば、そうでない場合もあります。私達も依頼者に対して宣教はしないというボランティア誓約書で約束しています。東北での経験が生かされているようです。それでも私達だけの時は事あるごとに能登のために祈りました。私たちの手は本当に小さな働きです。何ができるということではありませんが、そこに助けを求めている人がいれば出かける、そんな見返りを求めない働きでありたいと思います。傷ついた方々に語り掛けることはできませんが、神様の慰めと慈愛を祈りながら西宮に向けて車に乗り込みました。
震災から2年弱、水害から1年以上が過ぎましたが、能登の現状を知りえた範囲でお伝えします。昨年訪問した水害に遭われた個人宅は日常生活に戻っているようですが、昨年食器搬出の作業をした和倉温泉のホテルは解体工事にも着手できていない状況で、営業再開までには数年かかるようです。幹線道路の復旧は進んでいますが、今回訪問した志賀町への道路は陥没した箇所が残されています。今後も公費解体が進められていきますが、今回の訪問先のよう
に、人の手がまだまだ必要な状況です。
能登ヘルプの支援体制にも変化があり、常時働くリーダーが減っているので、一日のボランティア人数を10名までとなっています。また人の手と共に仮設住宅へ食事を持って訪問する話し相手も求められています。少しずつ被災地のニーズが変化してゆきますが、何よりも能登を忘れずに、能登に来てほしいとスタッフは願っています。忘れてないよ、また来たよと、彼らへの励みにもこころを向けてゆきたいと思いました。最近はマスコミの報道も能登の情
報があまりありません。私達の関心も薄くなりがちですが、今なお困難中にある能登の地に、またそこで奉仕する方々の上に神様の豊かな慰めと祝福がありますよう祈ってゆきましょう。
