5月3日メッセージ
沖縄キリスト希望教会
崎原盛親牧師
「福音の広がり」
ヨハネによる福音書1章43~51節
ヨハネによる福音書は、共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)よりも後年に執筆されたと考えられています。当時の初代教会では、すでに共観福音書が流布しつつありましたが、グノーシス主義などの異端的思想や誤った教えが教会内に広まり、イエス・キリストの人間性や受肉を否定するような理解の混乱が生じていました。そのため、教会の正統な信仰を守るとともに、イエスの神性や奇跡の象徴的意味などについて、より深い神学的解釈を補足する目的で、ヨハネは他の弟子たちや教会指導者たちの要請を受け、この福音書を執筆したと考えられています。
今朝の聖書箇所は、イエス・キリストが公生涯を開始されるにあたり、弟子たちを召し集めていく場面です。一般に共観福音書では、ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネといったガリラヤ湖の漁師たちが網を捨てて従う場面が強調されます。しかし、ヨハネによる福音書は、それとは異なる独自の視点で弟子たちの物語を記しています。特に、他の福音書では名前が挙げられる程度で、具体的なエピソードが少ないピリポやナタナエルに焦点を当てている点は非常に特徴的です。今朝は、ヨハネがなぜあえてこれらの弟子たちを取り上げているのか、その記述の意図について考察を深めていきたいと思います。
まず、弟子ピリポの召命について見ていきましょう。共観福音書において、ピリポの名は十二弟子のリストに記されるのみで、その具体的な言動や個性に焦点が当てられることはありません。一般に「伝道師ピリポ」(エチオピアの宦官に福音を伝えた人物)とは別人であるとされ、当時の初代教会の潮流の中では、ペテロやヨハネのような指導的立場にある華々しい存在ではなかったと推察されます。しかし、ヨハネによる福音書は、この「目立たない弟子」であるピリポに関するエピソードを、重要な局面で三度にわたって紹介しています。ピリポが召し出される場面において注目すべきは、イエス自らが彼を「見つけ出し」、「わたしに従いなさい」と直接声をかけられた点です。
なぜ主は、わざわざピリポを指名されたのでしょうか。その鍵は44節に記された「ピリポは、アンデレやペテロと同郷のベツサイダの出身であった」という記述にあります。これは単なる地理的な情報の提示ではありません。アンデレやペテロという「主に出会った者たち」のコミュニティの中に、ピリポが既に存在していたことを示唆しています。アンデレたちが主について語るのを、ピリポは傍らで聞いていたのかもしれません。主は、そのように目立たずとも静かに真理を求めていたピリポの心の準備を、すでにご存じだったのです。また、ピリポは後に、ギリシア人たちがイエスへの面会を求めてきた際にその仲介役を担っています。ここから、彼が目立つ指導者ではなかったものの、人々と主を繋ぐ窓口としての役割を果たしていたことが分かります(この後の聖書の文脈から、これらのギリシア人たちも、イエスの贖いの死によって永遠のいのちに至る道が開かれることが示唆されています)。著者のヨハネがピリポを重用したのは、彼が決して雄弁でも勇敢でもない、むしろ「計算高く、慎重すぎる」という弱さを持った、私たちに極めて近い等身大の人間だったからでしょう。ヨハネはピリポを通して、主の召命が特別な英雄に対してだけでなく、日々の生活を誠実に生きる「平凡な一人ひとり」に対しても等しく、かつ個人的になされるものであるという福音の真理を証ししようとしているのです。
次に、もう一人の登場人物であるナタナエルに目を向けてみましょう。彼は共観福音書の弟子のリストにはその名が見当たらず、ヨハネによる福音書のみに登場する人物です。一般的には、共観福音書でピリポと対になって記される「バルトロマイ(トロマイの子)」と同一人物であると考えられています。イエスの招きに即座に応じたピリポは、その喜びを分かち合おうとして友人ナタナエルのもとへ走り、興奮を隠せないままこう告げました。「わたしたちは、モーセが律法の中に書き、預言者たちも書いている方に会いました。ナザレの人で、ヨセフの子イエスです」。しかし、この知らせに対してナタナエルは、「ナザレから、何か良いものが出るだろうか」と冷ややかな反応を示します(46節)。
彼がこのように答えた背景には、神学的理由と人間的背景の両面がありました。一つは、ナタナエルが旧約聖書(律法と預言書)に精通した敬虔なユダヤ教徒であったことです。ミカ書などの預言によれば、メシアはダビデの町ベツレヘムから出るとされており、ガリラヤの無名の村ナザレについては記されていません。そのため彼の反応は、単なる皮肉ではなく、「聖書に照らして正しく吟味しようとする誠実さゆえの疑い」と見ることができます。もう一つは、彼自身が同じガリラヤ地方のカナの出身であったことです。近接する小さな村同士であったため、ナザレという土地の日常や貧しさをよく知っており、「あのような辺境の村から救い主が現れるはずがない」という先入観や偏見を抱いていた可能性があります。
ピリポは、疑念を抱くナタナエルに対して理屈で議論を挑むことはしませんでした。ただ一言、「来て、見なさい」という福音の本質的な招きをもって、彼をイエスのもとへと導いたのです。ナタナエルが半信半疑のまま近づくと、イエスは彼を見つめ、驚くべき言葉をかけられました。「見なさい。これこそ、まことのイスラエル人だ。その心には偽りがない」ナタナエルは、初対面のイエスに自分の内面を瞬時に見抜かれたことに驚き、「どうして私をご存じなのですか」と問いかけます。それに対してイエスは静かに答えられました。「ピリポがあなたを呼ぶ前に、あなたがいちじくの木の下にいるのを、わたしは見ました」当時のユダヤ社会において、「いちじくの木の下」は、敬虔な信徒が喧騒を離れ、神の律法を黙想し、メシアによる救いを待ち望む「祈りと省察の場」を象徴していました。ナタナエルは、誰にも知られるはずのない神との密やかな対話を、イエスがすでに知っておられたことに、人知を超えた神の全知と臨在を感じ、深い衝撃を受けたのです。
さらに重要なのは、イエスが語られた「偽りのなさ」と、ナタナエルが黙想していた可能性のある創世記のヤコブ物語との対比です。イスラエルの先祖ヤコブは、かつて兄や父を欺いた「偽る者」でした。兄エサウから長子の祝福を奪い、その怒りを避けて母リベカの故郷ハランへ逃れる途上にありました。その旅の途中、ベテルにおいて彼は、天が開け、神の使いたちが梯子(階段)を上り下りする幻を見ました。イエスは、このヤコブの幻を背景に、ご自身こそが神と人とを結ぶ「天への門」であり、その約束の成就そのものであることを示されたのです。ナタナエルは、自分が「いちじくの木の下」で黙想していた旧約の約束が、目の前に立つイエスにおいて現実となっていることを悟りました。彼が「先生(ラビ)、あなたは神の子、イスラエルの王です」と告白したのは、単に超自然的な力に驚いたからではありません。イエスこそ神と人を結ぶ真の仲保者であり、神の臨在そのものであり、約束されたメシアであることを霊的に認識したからです。この出会いは、律法を追い求めていた敬虔なユダヤ教徒が、生ける神の言葉そのものであるキリストと出会い、イエスこそ全人類の救い主であると認める決定的な瞬間となりました。
イエス・キリストは、ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネといった中心的な弟子たちのみならず、ピリポやナタナエルのような、一見目立たない一人ひとりの名をも呼び、声をかけられました。主の評価は、この世のような働きの大小や能力の優劣によるものではありません。主は、その人のありのままの姿、すなわち「いちじくの木の下」にいた時のナタナエルのように、誰にも見られないところでの真実な歩みを深く見ておられるのです。それぞれの弟子が、それぞれの固有の文脈の中でイエス・キリストと出会い、救われ、弟子として召し出されました。この「個人的な出会い」の積み重ねこそが、歴史の中で福音を隣人へと繋ぎ、二千年の時を超えて、今日の私たちにまで届けられた救いの結果です。ヨハネによる福音書がこれらの弟子たちを詳しく紹介しているのは、彼らが私たちと同じ「普通の人」であったからです。主は今、私たち一人ひとりに対しても、彼らと同じように「わたしに従いなさい」と招いておられます。そして、私たちがこの福音の恵みを再確認し、主と共に人生を歩み続けることを切に望んでおられるのです。この地上において、私たちに与えられている使命の形は、個々に違うかもしれません。しかし、主が私たちを遣わされたその場所、その日常において、それぞれの置かれた「証しの場」を誠実に生きることを、主は期待しておられます。ピリポが友を招き、ナタナエルが主を告白したように、私たちもまた、自分の持ち場で主の愛を形にしていく者へと変えられていきたいと願わされます。
Author: Paulsletter
